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  • 11/18/13:14

02.20.02:13

感じる楽しみ

今日は午後から舞踊団のステージを観てきた。
ステージで繰り広げられたのは、フラメンコ。

観ていて思ったことがある。
バレエもタンゴも中国系の舞踊も、身体で表現する「踊り」だ。
フラメンコだって、それは確かに同じ……はずなのだけれど、実際に生でスペイン人のフラメンコを初めて観終えた感想は、バレエやタンゴや中国系舞踊とは、まったく違ったものだった。
ステージの上では生の音楽が演奏され、フラメンコのダンサーは「踊って」いた。
それは身体を使った表現で、視覚的には確かに「舞踊」なのだけれど、でも違う。
例えるなら、歌は、身体を楽器にした演奏だ。
それと同じく……というと語弊があるかもしれないが、フラメンコは、全身を使った演奏だった。

もうひとつ、思ったことがある。
フラメンコの女性ダンサーの美しさには、外見上の美しさや若さは関係ない、ということだ。
実際の年齢は知らないけれど、綺麗そうな少し若そうなダンサーが中央にいることが多くて、ベテランの、いかにもおばちゃんといった外見のダンサーが舞台の袖近くになったり後方にさがったりしていた。
けれど、どう観てもフラメンコを踊る姿は、ベテランのおばちゃんのほうが美しかった。
もしかしたら、素人だからそう思っただけなのかもしれない。
それでも、思う。フラメンコはダンサーとしても人間としても年季が入っていそうなおばちゃんのほうが美しい。
官能的な美しさ、婀娜っぽさ、喜び、悲哀、芯の通ったしなやかさ……そういったものが、若い踊り手とはまったく違っていた。
ダンサーとしての経験というのもあるのかもしれない。
魅せ方を心得ている人と、まだまだ発展の余地がある人との差なのかもしれない。
ただ、若いダンサーがステージの中央でどんなに目立つように華々しく踊っていても、私の目はどうしてもおばちゃんダンサーに吸い寄せられ、追いかけていた。

フラメンコの男性ダンサーについては……これまた、ちょっと思うところがあった。
まあ、だけどこれは、ここに書くのはやめておこう。


フラメンコを観てきたホールで、今日は3月分のチケットを買ってきた。
来月は、アコーディオンの演奏を聴きに行く。これはソロの演奏会。
それからもうひとつ、邦楽の演奏会を聴きに行く。
こっちは筝と三絃、それから尺八。……この3種類の邦楽の楽器に、チェロとコントラバス、ヴァイオリンが加わった構成。
プログラムは邦楽一色、西洋楽器との出会いという副題がついた演奏会になっている。
西洋楽器が、どこまで邦楽の演奏に加わるのかは、わからない。
賛助出演ということだから、フルで加わっているのではないと思うのだけれど……そのあたりも含めて、ちょっと楽しみ。

ついでに4月のチケットも買おうかと一瞬迷った。
迷ったチケットは演奏会ではなく、寄席、上方落語。噺にくるのは、桂一門のひとたち。
落語家には、はっきり言って詳しくない。というか、疎い。
なので、その寄席にくる噺家さんたちの名前を見ても、知った名前はひとつもない。
どうして買おうかと思ったのかというと、今日のフラメンコの同行者2名のうちの1名が、同じ4月に催されるお笑い芸人のステージに行くのはどうかと聞いてきたからだ。
広告を見ると、名前も顔も一致するそれなりに有名なお笑い芸人さんが3組、出演者に名を連ねている。
でも、その時の咄嗟の返事というのが、「そんなのよりも落語のほうが絶対にいい!」で……。
結局4月のチケットは、また来月改めて考えようということになった。


何はともあれ、今日観てきたのはフラメンコ。
――今夜は夢の中でフラメンコの靴音が鳴り響くだろうか?
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