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  • 04/20/05:23

04.13.01:07

出てきた

ネット上に保管している写真や文書ファイルを整理していたら、某チャットでやった三語らしきものが、もうひとつ出てきた。
お題のメモがないけれど、たしか、巫女と虎とウイスキーだったような気がする。
……とはいっても、2006年10月頃の記憶のはずだから、定かではない。

*****

 寒風が吹きすさぶベランダに出ても、夜は、それほど暗くない。
 わかっていたことではあるけれど、マンションのベランダから見上げる夜空に、星なんか見えやしない。
 チッと舌打ちをした私は、ウィスキーの小壜をじかにクィッと煽った。
 急に大きく動かしたせいか、私の右腕に小さな痛みが走る。
「これじゃ、狼男がいても変身できないじゃん」
 満月……には、ちょっと足りない。
 足りていないのは、ほんのちょっとだけだけれど、狼男が変身できるのはフルムーンのみだ。
(不便だよねー、満月しかダメだなんて。ま、現実には存在しないから、いいけどさ)
 煌々と夜空を照らす月の光の冴えは鈍く、過剰なほど地上に溢れている人工灯に圧され気味だ。
 ――真実の闇夜ならば、月だって、その真価や美しさをもっと発揮できるだろうに。
 つらつらとそんなどうでもいいことを思いながら、私はウイスキーの小壜に残った、最後のひと口を飲み干した。
 予想していたよりもまだ残っていたウイスキーが、ツウッと唇の端から零れる。
 手の甲でそれを拭って、ぷはぁーっと酒臭い息を思いっきり天空へ吐きかけと、まるでささやかな冒涜のような気がして、ちょっとした爽快感さえ得られた。
 別に、月に対して信仰心を持っているわけじゃない。
 私の勤める神社には、年に一度だけ、秘められた日に深夜の奉納舞が行われる。それだって、いわば行事で、神社に使える者たちに『心』がなければ、どこにでも転がっている単なるイベントに過ぎない。
 奉納舞のあとの酒盛りを「右腕が痛むから」と拒否したのにも関わらず、自宅でひとりウイスキーを飲んでいるのは、そんなこんなに嫌気がさしてきたからだ。
 いや、違う。真実、右腕が痛かったことが理由だ。
「……吾輩は、虎である」
 だけど、こんな夜には、変身できない。
 ――月が満ちていないから?
 そんなことはない、月なんか関係ない。単純にアルコールが足りないだけだ。
「ちぇっ。こんな小さいのじゃ、全然ダメ。もっと大きいのを買ってくれば良かったな」
 ベランダの冷たいコンクリートに、どっかりと腰を据えて浴びるほど酒を飲めば、虎になれるだろうか。
 ハァッとついたため息が白く凍り、私はブルッと身震いをひとつしてベランダをあとにする。
 ちょっとした動きに、右腕の傷がピリリと響く。
 忌々しいその痛みに眉をしかめながら、私は自分の姿を見て再びため息をついた。
(着替えなきゃ、な)
 巫女の衣装を脱いで、熱いシャワーでも浴びれば忘れるだろうか。
 それとも、もっと酒が必要だろうか。
(あんなの、錯覚に決まってる……)
 今ロックしたばかりの窓の施錠を、私はもう一度確認する。
 奉納舞の最中に見たものが、まざまざと脳裏に甦る。
 この明るい夜の闇とは比べ物にならないほどの真闇からのびてきた、あの腕を。
 ぶるぶると頭を振って、私は幻影のようなそれを追い払った。
 そんな私を嘲笑うかのように……右腕の引っ掻き傷が、ピリリと痛んだ。

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