07.18.08:11
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04.02.01:52
新しいカテゴリ
04.02.01:50
その場のノリで。
三語で遊んだりしていた時に、チャット内で、即興で書いたものがある。
誰かが続きを書きたいから、それをくれ。と言ったので、あげたのだけれど、その誰かさんは結局は続きを書かなかった……という顛末だったような気がする。
手元のメモに残っているので、ほんの少ししかないけれど、ついでにそれも載せておこう。
*****
その日も、『和菓子司 天狼』には数組の客が来ていた。近所に住む老夫婦と檀家回りをしたあとらしい寺の住職、茶道教室を開いているお茶のお師匠さんは店主の妻の師匠でもあった。
店主がガラスのショーケースの上に置いてある小さな洋封筒に気づいたのは、初めて来店した客が去った後だった。
代金のやりとりに使っているトレイのうちのひとつの下に、まるで隠すように置いてあったのだ。
店主は「おや?」と首を傾げた。いつの間に置いてあったのだろう。
「一体、誰が……っと、よ、予告状!?」
まさかと思いながら、店主は洋封筒を開いた。予告状と書かれた封筒の中には、真っ白なカードが一枚はいっていた。
『○月×日○時、うさぎもち100個をいただきに参上します。 怪盗国語辞典』
店主の指先が、ぶるぶると震える。思いもよらない……いや、夢に見るほど待ち望んでいたものが、店主の手の中にあったのだ。
喜びに激しく高鳴る胸を抑えて、店主はまろび転げつつ店の奥へ駆け込むと、妻の背中に飛びかかるようにして抱きついた。
*****
書いた本人として、改めてこれを見ての、雑感。
チャットの発言欄にあったのを、そのままテキストにコピペで残して、欲しいと言った人に一度はあげたものだから……という「言い訳」があるにせよ、どう考えても、粗い。
まあ、即興なんだし、そんなこともあるさ。
誰かが続きを書きたいから、それをくれ。と言ったので、あげたのだけれど、その誰かさんは結局は続きを書かなかった……という顛末だったような気がする。
手元のメモに残っているので、ほんの少ししかないけれど、ついでにそれも載せておこう。
*****
その日も、『和菓子司 天狼』には数組の客が来ていた。近所に住む老夫婦と檀家回りをしたあとらしい寺の住職、茶道教室を開いているお茶のお師匠さんは店主の妻の師匠でもあった。
店主がガラスのショーケースの上に置いてある小さな洋封筒に気づいたのは、初めて来店した客が去った後だった。
代金のやりとりに使っているトレイのうちのひとつの下に、まるで隠すように置いてあったのだ。
店主は「おや?」と首を傾げた。いつの間に置いてあったのだろう。
「一体、誰が……っと、よ、予告状!?」
まさかと思いながら、店主は洋封筒を開いた。予告状と書かれた封筒の中には、真っ白なカードが一枚はいっていた。
『○月×日○時、うさぎもち100個をいただきに参上します。 怪盗国語辞典』
店主の指先が、ぶるぶると震える。思いもよらない……いや、夢に見るほど待ち望んでいたものが、店主の手の中にあったのだ。
喜びに激しく高鳴る胸を抑えて、店主はまろび転げつつ店の奥へ駆け込むと、妻の背中に飛びかかるようにして抱きついた。
*****
書いた本人として、改めてこれを見ての、雑感。
チャットの発言欄にあったのを、そのままテキストにコピペで残して、欲しいと言った人に一度はあげたものだから……という「言い訳」があるにせよ、どう考えても、粗い。
まあ、即興なんだし、そんなこともあるさ。
04.02.01:44
六語
『祭り』『空』「夏影」「海」『メロンパン』『爆弾』を全部使うこと。
テーマは、「花火」。
*****
祭りの気配は、砂浜まで漂ってきていた。
空はとっくに夜の色で、目の前に広がる海は暗い。
『夏影』を聴きながら歩いていて、僕は彼女を見つけた。
見つけたのは、偶然じゃない。正確には、探していたんだ。
彼女は、浴衣姿で浜辺にひとり座っていた。
そっと近寄った僕は、右膝でトンッと彼女の背中をつついた。
「なっ……何だ、びっくりするじゃないの」
驚いた顔で振り返った彼女の手には、見なれたパン屋の紙袋が握られている。
「何それ?」
祭りにはテキ屋が出ていて、食べ物を売る夜店もあるのに。
そう思うと、ちょっとおかしくて、僕の声は揶揄を滲ませていた。
「アンタには関係ないでしょ」
少し声を尖らせて、彼女が中腰になった僕の耳からイヤホンを奪う。
ぶらんと首から垂れ下ったイヤホンを指先で弄っている僕と、浴衣姿で座っている彼女。
祭囃子はこの砂浜まで聞こえてくるけれど、今ここには、ふたりの他には誰もいない。
「どうせ、いつものメロンパンだろ」
「知ってるなら聞かないでよ」
そう言って、彼女はぷいっと明後日の方向に顔を背けた。
ほんのりと膨らんだ頬が可愛くて、僕は「さあ、どうかな?」なんて言ってみる。
「もしかしたら、中身は爆弾かもしれないじゃん」
「バカなこと言わないでよ。買ったのは私なんだから、中身くらい知ってるわよ」
あきれたような声に、ひそやかな笑いが混ざっている。
暗くて表情がよく見えないことを残念に思いながら、僕は彼女の隣、特等席に腰を降ろした。
ここから眺める花火が、一番美しい。
それは、毎年思うことで……。
僕にとって、いつも間違いのない真実だった。
*****
某所より、転載。
メモによると、2008年8月、10分か15分くらいで書いたものに、加筆修正してあるらしい。
テーマは、「花火」。
*****
祭りの気配は、砂浜まで漂ってきていた。
空はとっくに夜の色で、目の前に広がる海は暗い。
『夏影』を聴きながら歩いていて、僕は彼女を見つけた。
見つけたのは、偶然じゃない。正確には、探していたんだ。
彼女は、浴衣姿で浜辺にひとり座っていた。
そっと近寄った僕は、右膝でトンッと彼女の背中をつついた。
「なっ……何だ、びっくりするじゃないの」
驚いた顔で振り返った彼女の手には、見なれたパン屋の紙袋が握られている。
「何それ?」
祭りにはテキ屋が出ていて、食べ物を売る夜店もあるのに。
そう思うと、ちょっとおかしくて、僕の声は揶揄を滲ませていた。
「アンタには関係ないでしょ」
少し声を尖らせて、彼女が中腰になった僕の耳からイヤホンを奪う。
ぶらんと首から垂れ下ったイヤホンを指先で弄っている僕と、浴衣姿で座っている彼女。
祭囃子はこの砂浜まで聞こえてくるけれど、今ここには、ふたりの他には誰もいない。
「どうせ、いつものメロンパンだろ」
「知ってるなら聞かないでよ」
そう言って、彼女はぷいっと明後日の方向に顔を背けた。
ほんのりと膨らんだ頬が可愛くて、僕は「さあ、どうかな?」なんて言ってみる。
「もしかしたら、中身は爆弾かもしれないじゃん」
「バカなこと言わないでよ。買ったのは私なんだから、中身くらい知ってるわよ」
あきれたような声に、ひそやかな笑いが混ざっている。
暗くて表情がよく見えないことを残念に思いながら、僕は彼女の隣、特等席に腰を降ろした。
ここから眺める花火が、一番美しい。
それは、毎年思うことで……。
僕にとって、いつも間違いのない真実だった。
*****
某所より、転載。
メモによると、2008年8月、10分か15分くらいで書いたものに、加筆修正してあるらしい。
04.02.01:39
三語:お題「ありがとう、シーラカンス、砂漠」
永い眠りから覚めた時、そこは見知らぬ場所だった。
ここは、どこだ……平面の世界にいる私は、見える範囲を確認し、隣にいるのが見覚えのあるシーラカンスだと鏡に映る姿で気が付いた。
シーラカンスとは言っても、絵だ。今は、私と同じように額縁の中に収まり、ひっそりと呼吸を繰り返している。
隣にいるシーラカンスが顔見知りだとは言っても、コミュニケーション可能なわけではない。絵は、所詮、絵でしかないのだ。絵として、ただそこにある。それだけのこと。
私は、視界に入るものを識別した。ここは、美術館という場所らしい。
しかし、この中にいる人間は、私の同胞……つまり絵たちを壁にかける作業をしている。多分、私や同胞たちを観にきたわけではないのだろう。
「あなたたちを、皆に観てもらえる日が来るといいのだけれど」
昔、私にそう言った女性は、もういない。
彼女は、私たちをこの世に送り出した人だ。画家であり、新妻だった。
ちょうど私を描いている頃に、結婚したのだ。
しばらくの間、私は描きかけのまま放置された。
部屋の一角でイーゼルに立てられたまま、私は彼女とその夫となった男性を見守ってきた。
早く描きあげて欲しい気もしたが、もう少しこのままでもいいかという思うもあった。何故なら、幸せいっぱいの彼女たちを見守っていることも、充分に楽しかったからだ。
新婚生活が落ち着くと、彼女はまた私の元に戻り、絵筆を取った。
あと僅かで描きあがる……そんな時だ。彼女がこの世を去ったのは。
シーラカンスの静かな息遣いを感じながら、私は当時のことを思い出し、描きかけのままいなくなった彼女を想った。
「絵のことは良くわからないけれど、これはどっちなんだろうなぁ」
私をしげしげと眺めながら、作業服を着たひとりの男が呟いた。
知己らしいもうひとりの作業着の男が「どっちでもいいじゃないか」と軽く笑う。
実のところ、私にもわからない。
ただ、本当は未完成なのだということしか、知らない。
彼女が他に何を書き加えようとしていたのかわからないし、既に画家はこの世にいない。いたとしても、私には尋ねる術がなく、彼女自身は私に名前をつけなかった。
私に名前をつけたのは、彼女の夫だ。だが、今でも私がそう呼ばれているのだろうか?
「やっぱり、砂漠に太陽が沈もうとしている時なんだろうか」
正直なところは、わからない。
けれど、私自身は、これは夕陽だと思っている。まさに太陽が沈みきろうとしている瞬間の、砂漠の風景。
そう、彼女の夫は私に、描かれている風景そのままに「砂漠」と名づけた。
いくらじっくり眺めても、私の中に描かれているキャラバンは動きはしない。
太陽が沈んで、月明かりだけになることも、ない。
絵は、ただの絵でしかない。それ以上ではなく、それ以下でもない。
彼女は、この世を去った後に、夭折した女流画家として時の人となった。
彼女の夫は、大切にしまい込んでいた私の同胞たちを、たまにひっぱり出し、訪れた人に見せたり、しばらくどこかへ預けたりしたが、他人の前に私を連れ出すことはなかった。
もしかしたら、彼女の遺作でもある私を見るのが、辛かったのかもしれない。あるいは、ただの偶然か。
何度もひっぱり出された同胞たち……私の隣にいるシーラカンスや、はす向かいにいる春の山の絵などの前には、人が集まっていた。
これまでにひっぱり出される機会が多かった分だけ、存在が知れ渡っているのだろう。
シーラカンスの隣でひっそりと佇んでいる私の前で、たまに足を止める人もいる。
ところが、このところ毎日のように美術館を訪れている客は、必ず私の前で立ち止まり、じっと私を見つめるのだ。
何かを、問いかけるように。あるいは、探り出そうとするように。
その客……どこか懐かしく感じられる若い女性は、他の客のように、日暮れなのか夜明けなのかと首を傾げることはない。
だから、多分その若い彼女が知りたいのは、そんなことではないのだろう。
前に一度だけ、若い彼女はひとりの男性を伴って訪れた。そう、最初の日だ。この小さな美術館の、オープニングセレモニーの日に、若い彼女はその男性を連れてきていた。
「この絵って、何か感じない?」
若い彼女は、まっすぐに私の元へ彼を連れてくると、開口一番にそう尋ねた。
「ごめん。絵のことは、よくわからないんだ」
彼は申し訳なさそうに言って頭を掻いた。
「……だけど、夜の砂漠っぽい絵なのに、そんなに寂しそうな感じはしないね」
少し不思議そうに彼が呟くと、若い彼女は「そう、それならいいの」とにっこりと微笑んだ。
あれ以来だから、若い彼女が彼を連れてきたのは、今日が二回目だ。
手を取り合って、仲の良さそうな雰囲気で入ってきたふたりは、まっすぐに私の前にやってきた。
私は、毎日のように訪れていた若い彼女の指に、これまでつけられたことのなかった指輪が嵌っていることに気が付いた。
私の中で、遠い記憶が甦る。そう、画家でもあった彼女が、夫となった男性と結婚する頃のことだ。
絵を描くためには邪魔だから……そう言って、彼女は装身具の類を嫌っていた。指輪なんて、もってのほか。そんな態度だった。
けれど、結婚が決まってからは彼女の指には婚約指輪が輝き、それがいつからか結婚指輪になっていた。
そうか、この若い彼女は、婚約したのか。
この幸せそうな笑顔は、きっとそうに違いない。
私は、今は亡き画家の婚約当初の頃を思い出しながら、声にならない声でそっと「おめでとう」と呟いた。
幸せだからだろうか……常々、若い彼女を見るたびに私は亡き彼女を思い出していたが、今日はいつもに増して似ているような気がしてならない。
それとも、婚約の少し前くらいからしか亡き彼女を知らないから、今の、この若い彼女を見てそう思うのだろうか。
おめでとう……私はもう一度、繰り返した。この、若い彼女が、画家だった彼女の分まで幸せになりますように。
「なぁ。この絵、やっぱり今から太陽が沈むんじゃなくて、これから太陽が昇るんじゃないのかなぁ」
寄り添うようにしてじっと私を見ていた彼が、首を傾げながら若い彼女にそう囁く。
「違うのかもしれないけれどさ。そんな気がするんだよ」
「ううん、私もそう思う」
嬉しそうに同意した若い彼女が、「だってね」と言葉を継ぐ。
「これを描いている時、婚約して、結婚して……って。幸せだったと思うの。この絵、最後の絵なのよ、私のお母さんの。この時、私がもうお腹にいたんだって」
あぁ……と、私は彼女の言葉に深い溜め息をついた。
そう、彼女は幸せそうだった。婚約する少し前の、婚約した頃の、結婚したばかりの、突然倒れる直前まで、彼女は幸せそうだった。
「私が産まれて、すぐにお母さんは死んでしまったから……私の思い込みかもしれないけれど、これは今から夜じゃなくて、これから朝になるんだと思うの。だって、お母さんの生涯は短かったけれど、ちゃんと幸せだったはずなんだもの」
若い彼女が、亡き彼女と良く似た面差しで微笑む。
彼が、今までに観たことがなかったのかと若い彼女に尋ねる。
私は、ここへ飾られるまで、この若い彼女……亡き彼女の娘を、見たことがなかった。いや、娘がいることさえ、知らなかった。
この若い彼女も、私を観たのは、あの日が初めてのはずだ。
……ところが若い彼女は、首を左右に小さく振った。
「お父さんは、この絵を人前に出したがらなかったから、家にあった時には私も観たことがなかったんだけれど……私は、ずっと実物を観たかったの。いつも、笑ってるお母さんの後ろにこの絵が見えているっていう写真だけだったから……これを夜の絵だと思ったら、暗くて寂しく観えるかもしれないって、お父さんは変に心配しすぎちゃったみたい。人生に絶望している絵って思っちゃうと、私が落ち込むんじゃないか、って」
シーラカンスの絵をしばらく鑑賞していた一組の客が、若い彼女と彼、そして私を避けるように、次の絵へと足を進める。
「愛する奥さんが残してくれた娘、だからなぁ。もちろん、心配もあるだろうけれど、お前に変な誤解をされるのが怖かったのかもしれないな」
「うん、そうかもしれない」
顔を見合わせて、微笑みあったふたりが、再び私に視線を向ける。
そっとお腹に手を当てて、若い彼女が「ありがとう、お母さん」と私に囁いた。
亡き画家の、若い彼女の母親とただの『砂漠』の絵でしかない私を、重ね合わせているのだろうか。
いずれ、この若い彼女は、画家だった彼女の孫を連れてまた私の元を訪れるだろう。その時に、まだ私が存在していれば。
おめでとう、そして、ありがとう……私も、彼女には聞こえない声でそっと呟き、もう一度強く願った。
どうか、彼女の分まで、この若い彼女が幸せでありますように。
*****
某所に保存してあったものを、転載。
メモによると、2007年1月。所要時間はメモしていなかった。
ここは、どこだ……平面の世界にいる私は、見える範囲を確認し、隣にいるのが見覚えのあるシーラカンスだと鏡に映る姿で気が付いた。
シーラカンスとは言っても、絵だ。今は、私と同じように額縁の中に収まり、ひっそりと呼吸を繰り返している。
隣にいるシーラカンスが顔見知りだとは言っても、コミュニケーション可能なわけではない。絵は、所詮、絵でしかないのだ。絵として、ただそこにある。それだけのこと。
私は、視界に入るものを識別した。ここは、美術館という場所らしい。
しかし、この中にいる人間は、私の同胞……つまり絵たちを壁にかける作業をしている。多分、私や同胞たちを観にきたわけではないのだろう。
「あなたたちを、皆に観てもらえる日が来るといいのだけれど」
昔、私にそう言った女性は、もういない。
彼女は、私たちをこの世に送り出した人だ。画家であり、新妻だった。
ちょうど私を描いている頃に、結婚したのだ。
しばらくの間、私は描きかけのまま放置された。
部屋の一角でイーゼルに立てられたまま、私は彼女とその夫となった男性を見守ってきた。
早く描きあげて欲しい気もしたが、もう少しこのままでもいいかという思うもあった。何故なら、幸せいっぱいの彼女たちを見守っていることも、充分に楽しかったからだ。
新婚生活が落ち着くと、彼女はまた私の元に戻り、絵筆を取った。
あと僅かで描きあがる……そんな時だ。彼女がこの世を去ったのは。
シーラカンスの静かな息遣いを感じながら、私は当時のことを思い出し、描きかけのままいなくなった彼女を想った。
「絵のことは良くわからないけれど、これはどっちなんだろうなぁ」
私をしげしげと眺めながら、作業服を着たひとりの男が呟いた。
知己らしいもうひとりの作業着の男が「どっちでもいいじゃないか」と軽く笑う。
実のところ、私にもわからない。
ただ、本当は未完成なのだということしか、知らない。
彼女が他に何を書き加えようとしていたのかわからないし、既に画家はこの世にいない。いたとしても、私には尋ねる術がなく、彼女自身は私に名前をつけなかった。
私に名前をつけたのは、彼女の夫だ。だが、今でも私がそう呼ばれているのだろうか?
「やっぱり、砂漠に太陽が沈もうとしている時なんだろうか」
正直なところは、わからない。
けれど、私自身は、これは夕陽だと思っている。まさに太陽が沈みきろうとしている瞬間の、砂漠の風景。
そう、彼女の夫は私に、描かれている風景そのままに「砂漠」と名づけた。
いくらじっくり眺めても、私の中に描かれているキャラバンは動きはしない。
太陽が沈んで、月明かりだけになることも、ない。
絵は、ただの絵でしかない。それ以上ではなく、それ以下でもない。
彼女は、この世を去った後に、夭折した女流画家として時の人となった。
彼女の夫は、大切にしまい込んでいた私の同胞たちを、たまにひっぱり出し、訪れた人に見せたり、しばらくどこかへ預けたりしたが、他人の前に私を連れ出すことはなかった。
もしかしたら、彼女の遺作でもある私を見るのが、辛かったのかもしれない。あるいは、ただの偶然か。
何度もひっぱり出された同胞たち……私の隣にいるシーラカンスや、はす向かいにいる春の山の絵などの前には、人が集まっていた。
これまでにひっぱり出される機会が多かった分だけ、存在が知れ渡っているのだろう。
シーラカンスの隣でひっそりと佇んでいる私の前で、たまに足を止める人もいる。
ところが、このところ毎日のように美術館を訪れている客は、必ず私の前で立ち止まり、じっと私を見つめるのだ。
何かを、問いかけるように。あるいは、探り出そうとするように。
その客……どこか懐かしく感じられる若い女性は、他の客のように、日暮れなのか夜明けなのかと首を傾げることはない。
だから、多分その若い彼女が知りたいのは、そんなことではないのだろう。
前に一度だけ、若い彼女はひとりの男性を伴って訪れた。そう、最初の日だ。この小さな美術館の、オープニングセレモニーの日に、若い彼女はその男性を連れてきていた。
「この絵って、何か感じない?」
若い彼女は、まっすぐに私の元へ彼を連れてくると、開口一番にそう尋ねた。
「ごめん。絵のことは、よくわからないんだ」
彼は申し訳なさそうに言って頭を掻いた。
「……だけど、夜の砂漠っぽい絵なのに、そんなに寂しそうな感じはしないね」
少し不思議そうに彼が呟くと、若い彼女は「そう、それならいいの」とにっこりと微笑んだ。
あれ以来だから、若い彼女が彼を連れてきたのは、今日が二回目だ。
手を取り合って、仲の良さそうな雰囲気で入ってきたふたりは、まっすぐに私の前にやってきた。
私は、毎日のように訪れていた若い彼女の指に、これまでつけられたことのなかった指輪が嵌っていることに気が付いた。
私の中で、遠い記憶が甦る。そう、画家でもあった彼女が、夫となった男性と結婚する頃のことだ。
絵を描くためには邪魔だから……そう言って、彼女は装身具の類を嫌っていた。指輪なんて、もってのほか。そんな態度だった。
けれど、結婚が決まってからは彼女の指には婚約指輪が輝き、それがいつからか結婚指輪になっていた。
そうか、この若い彼女は、婚約したのか。
この幸せそうな笑顔は、きっとそうに違いない。
私は、今は亡き画家の婚約当初の頃を思い出しながら、声にならない声でそっと「おめでとう」と呟いた。
幸せだからだろうか……常々、若い彼女を見るたびに私は亡き彼女を思い出していたが、今日はいつもに増して似ているような気がしてならない。
それとも、婚約の少し前くらいからしか亡き彼女を知らないから、今の、この若い彼女を見てそう思うのだろうか。
おめでとう……私はもう一度、繰り返した。この、若い彼女が、画家だった彼女の分まで幸せになりますように。
「なぁ。この絵、やっぱり今から太陽が沈むんじゃなくて、これから太陽が昇るんじゃないのかなぁ」
寄り添うようにしてじっと私を見ていた彼が、首を傾げながら若い彼女にそう囁く。
「違うのかもしれないけれどさ。そんな気がするんだよ」
「ううん、私もそう思う」
嬉しそうに同意した若い彼女が、「だってね」と言葉を継ぐ。
「これを描いている時、婚約して、結婚して……って。幸せだったと思うの。この絵、最後の絵なのよ、私のお母さんの。この時、私がもうお腹にいたんだって」
あぁ……と、私は彼女の言葉に深い溜め息をついた。
そう、彼女は幸せそうだった。婚約する少し前の、婚約した頃の、結婚したばかりの、突然倒れる直前まで、彼女は幸せそうだった。
「私が産まれて、すぐにお母さんは死んでしまったから……私の思い込みかもしれないけれど、これは今から夜じゃなくて、これから朝になるんだと思うの。だって、お母さんの生涯は短かったけれど、ちゃんと幸せだったはずなんだもの」
若い彼女が、亡き彼女と良く似た面差しで微笑む。
彼が、今までに観たことがなかったのかと若い彼女に尋ねる。
私は、ここへ飾られるまで、この若い彼女……亡き彼女の娘を、見たことがなかった。いや、娘がいることさえ、知らなかった。
この若い彼女も、私を観たのは、あの日が初めてのはずだ。
……ところが若い彼女は、首を左右に小さく振った。
「お父さんは、この絵を人前に出したがらなかったから、家にあった時には私も観たことがなかったんだけれど……私は、ずっと実物を観たかったの。いつも、笑ってるお母さんの後ろにこの絵が見えているっていう写真だけだったから……これを夜の絵だと思ったら、暗くて寂しく観えるかもしれないって、お父さんは変に心配しすぎちゃったみたい。人生に絶望している絵って思っちゃうと、私が落ち込むんじゃないか、って」
シーラカンスの絵をしばらく鑑賞していた一組の客が、若い彼女と彼、そして私を避けるように、次の絵へと足を進める。
「愛する奥さんが残してくれた娘、だからなぁ。もちろん、心配もあるだろうけれど、お前に変な誤解をされるのが怖かったのかもしれないな」
「うん、そうかもしれない」
顔を見合わせて、微笑みあったふたりが、再び私に視線を向ける。
そっとお腹に手を当てて、若い彼女が「ありがとう、お母さん」と私に囁いた。
亡き画家の、若い彼女の母親とただの『砂漠』の絵でしかない私を、重ね合わせているのだろうか。
いずれ、この若い彼女は、画家だった彼女の孫を連れてまた私の元を訪れるだろう。その時に、まだ私が存在していれば。
おめでとう、そして、ありがとう……私も、彼女には聞こえない声でそっと呟き、もう一度強く願った。
どうか、彼女の分まで、この若い彼女が幸せでありますように。
*****
某所に保存してあったものを、転載。
メモによると、2007年1月。所要時間はメモしていなかった。
04.02.01:36
某所突発お正月ミニイベント
2007年1月、新春歌会と銘打ったミニイベントにて。
前の歌から一語とる……という形で続けていった。
*****
小僧の春 煩悩の数 108で足りず
くちびるに 紅のせひいて 笑む乙女 晴れ着姿の 誇らしげな顔
陰謀か あっというまの 一年間 次の年明け きっとすぐそこ
眠り猫 楼閣の上で 夜明け待つ 雪の匂いの 風まといつつ
すっぽりと 肩まで入って こたつむり 正月番組 見つつ転寝
甘酒を 飲む君の頬 薄紅の 浜の小さき 桜貝に似て
現世の 背の君と添う 初詣 縁を結びし 此の不思議かな
神仏に 両手あわせる 振袖の 乙女の髪に 星飾りひとつ
何を見た 首をひねるは 初夢の 記憶は清き 冷気の彼方に
凍てついた 大地に萌ゆる七草の やわらかな葉を 摘みし吾子の手
大人への 門出を祝う 成人の 酒杯に 戸惑いもなく
*酒杯→さけ・さかずき
元旦の 朝餉の席で 襟正し 年玉待つ子の 期待の眼差し
追い込みの 冬の決戦 受験生 不安と期待に 心揺れつつ
約束の 春を待ちわび 文を読む 君の移り香 懐かしきかな
思い出の 写真みつめる 祖母の顔 娘時代の 晴れ着片手に
彩りを 思案し詰めた 重箱に ひとひら舞い散る 吉野の桜
客を待つ 床に一枝 寒桜
亡き恩師 思いて遠き 星仰ぐ 雪の兎に泣く声はなし
幼子が 雪駄を履きて 駆け回る 客の賑わい 庭に響きて
春告げる 水仙一輪 花ひらく 夜気に漂う かぐわしさかな
盃を 干して貴方に そっと出す 返盃ではなく おかわりちょうだい
知られざる 夢を紡ぎし 糸車 回す子どもの あいらしき指
寒椿 雪を被りて 重たげに 首を垂れるは 我が身にも似て
新月の 射干玉の夜の 明け眺む 声ぞ惜しまぬ 衣衣の朝
*衣衣=きぬぎぬ
前の歌から一語とる……という形で続けていった。
*****
小僧の春 煩悩の数 108で足りず
くちびるに 紅のせひいて 笑む乙女 晴れ着姿の 誇らしげな顔
陰謀か あっというまの 一年間 次の年明け きっとすぐそこ
眠り猫 楼閣の上で 夜明け待つ 雪の匂いの 風まといつつ
すっぽりと 肩まで入って こたつむり 正月番組 見つつ転寝
甘酒を 飲む君の頬 薄紅の 浜の小さき 桜貝に似て
現世の 背の君と添う 初詣 縁を結びし 此の不思議かな
神仏に 両手あわせる 振袖の 乙女の髪に 星飾りひとつ
何を見た 首をひねるは 初夢の 記憶は清き 冷気の彼方に
凍てついた 大地に萌ゆる七草の やわらかな葉を 摘みし吾子の手
大人への 門出を祝う 成人の 酒杯に 戸惑いもなく
*酒杯→さけ・さかずき
元旦の 朝餉の席で 襟正し 年玉待つ子の 期待の眼差し
追い込みの 冬の決戦 受験生 不安と期待に 心揺れつつ
約束の 春を待ちわび 文を読む 君の移り香 懐かしきかな
思い出の 写真みつめる 祖母の顔 娘時代の 晴れ着片手に
彩りを 思案し詰めた 重箱に ひとひら舞い散る 吉野の桜
客を待つ 床に一枝 寒桜
亡き恩師 思いて遠き 星仰ぐ 雪の兎に泣く声はなし
幼子が 雪駄を履きて 駆け回る 客の賑わい 庭に響きて
春告げる 水仙一輪 花ひらく 夜気に漂う かぐわしさかな
盃を 干して貴方に そっと出す 返盃ではなく おかわりちょうだい
知られざる 夢を紡ぎし 糸車 回す子どもの あいらしき指
寒椿 雪を被りて 重たげに 首を垂れるは 我が身にも似て
新月の 射干玉の夜の 明け眺む 声ぞ惜しまぬ 衣衣の朝
*衣衣=きぬぎぬ